波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2017年9月号 4

・・・・・・もう塔10月号がきました。

早いなぁ。って仕事ぶりがすごいです。

緩斜面下らせて背中見守りき自転車練習のあの春の日は    垣野 俊一郎    P104

前後に採用されている歌から、

息子が自動車免許を取得したことが分かります。

その歌の間におかれている一首だから、

まだ幼い息子の自転車の練習を見守っていたこの歌が

よりいっそう尊く見えます。

単なる斜面ではなく「緩斜面」であったこと、

うららかな春の日であったこと、

ささやかな回想として今よみがえってきたのでしょう。

ブラインドの角度を変えれば風景は光の筋に裁断される    竹田 伊波礼   P124

ブラインドの角度を調節すること自体は

どこにでもある日常の一コマです。

ただ、下の句の「光の筋に裁断される」という描写によって

詩となって立ちあがってきます。

ブラインドの細い面がいくつも動いて光が差し込むことで

窓の外の世界と内側の世界のあいだに変化が起こる、

そのシーンをするどく切り取っています。

着水をするしづけさで友人の唇を見る、鳥の言葉の   石松 佳    P125

いつも独自の雰囲気を持っている作者です。

この一首では話をしている友達の唇に焦点をあてて

鳥が着水するシーンと重ねています。

「しづけさで」は主体の見方や視線が静かなのか、

友人の話ぶりが静かなのか・・・。

結句の「、鳥の言葉の」でなんだか人間の会話では

ないような雰囲気が備わっています。

ガラス器に隈なく姿露して芍薬の花ロビーに咲けり     高野 岬  P125

ロビーにたっぷり飾られている芍薬の花。

主体が注目しているのは

花そのものよりも、ガラスの器のなかで露になっている

芍薬の茎や全体の印象。

「隈なく姿露して」という描写で

多くの人に見られる花の姿が立ちあがってきます。

窓ほそく傾けながら夕暮れを時かけ朽ちてゆく百葉箱    福西 直美    P152

百葉箱は校庭にひっそりと置かれています。

あまり注目されないだろう百葉箱を美しく描いています。

外の世界からの影響を受けにくく作られている百葉箱ですが

「窓ほそく傾けながら」で外の世界とわずかにつながっていて

長い時間のなかでやがて古びていく姿が厳かに描かれています。

芍薬のつぼみを提げてねるための四角い部屋に帰る夕暮    山名 聡美     P152

仕事からの帰りかな、と思いますがたどり着く場所が

「ねるための四角い部屋」という表現が印象的。

マンションの一室のことだろうけど、

その突き放したような言い方は疲れのせいだろうか。

休養のために帰宅する主体の手に握られた

芍薬のつぼみ」がほんの少し

あかるいイメージを添えています。

縦笛の音洩らしいる窓はありそこよりめぐりが夕暮れてゆく    中田 明子    P152

だれかが練習しているだろう縦笛の音が聞こえてくるとき

その窓から「めぐりが夕暮れてゆく」

美しい把握だな、と思います。

大げさな楽器ではなく、たぶん子供が吹いているだろう縦笛の音色や

窓から広がっていく夕暮れという描きかたに郷愁を感じます。