眉間より息吐くようなオーボエの奏者に銀の嘴の見ゆ 山内 頌子 P24
「眉間より息吐くような」という比喩に迫力があります。
また「銀の嘴」という表現が面白く
銀色のキイがたくさん並んでいるオーボエの隠喩だと思いますが
「嘴」という言葉で
奏者が楽器と一体になっている感じがあって
演奏者をよく見ているな、と思います。
あと五分で来るはずのバスが来ることをラッキーというこの街の人 ダンバー悦子 P25
作者はニューヨーク在住の会員の方です。
なにをラッキーとするか、でその人の価値観ってわかりそう。
「あと五分で来るはずのバスが来ること」を
ラッキー、って言えるのは
とてもささやかだけど、貴重な価値観かもしれない。
待っている 窓が汚れていくように眠い感じがここに来るのを 上澄 眠 P27
初句切れ、倒置でけっこう大胆な構図の歌になっています。
「窓が汚れていくように」で次第に、仕方なくやってくる感じがします。
眠気がやってくるのを待っているだけの内容ですが
構造や比喩、「眠い感じ」「ここに」などの言葉の選び方で
単調にならない工夫があって目に留まります。
鶏肉にゲランドの塩を振るごとき言葉をかけて子を送り出す 橋本 恵美 P37
比喩が面白い一首です。
ゲランドの塩はフランス・ブルターニュ地方の塩。
(塩って種類や産地によって味わいが違いますよねー)
肉の旨みを引き出すにはとてもいい塩なので
その塩を「振るごとき言葉」ということは
お子さんになにか持ち味を発揮できるような励ましの言葉を
かけたのかな、と想像します。
説明を省きつつ、ちょっと楽しい比喩がいきています。
宙に浮く感じでひとつひとつ咲く紫陽花だったきみとの日々も 大森 静佳 P37
たっぷりとボリュームのある紫陽花だけど
「宙に浮く感じで」ということは案外
儚い、不安定なイメージ。
確かだと思っていたかもしれない「きみとの日々も」
結局は危ういバランスの上にあった、と気づいたんじゃないだろうか。
「宙に浮く/感じでひとつ/ひとつ咲く」と
二句から三句にかけておかれた「ひとつ/ひとつ」が
紫陽花のふっくらしたフォルムが集まっている様子を
ふんわりイメージさせてくれます。
逢ふと縫ふいづれも傷をつけてをり女のもてるいつぽんの針 澄田 広枝 P38
美しい雰囲気をもちながら、すこし残酷な歌。
「逢ふ」と「縫ふ」という漢字の似ていることから発想して
「いづれも傷をつけてをり」という表現が面白い。
細い針で布を縫っていくことは同時に傷をつけていること。
会いたい人に会いながら、どこかで傷をつけているという昏さが
印象に残ります。