「踊るほどさみしい」という表現がとても印象的。
春だからわくわくするような気分になるかというとそうでもなく
むしろソワソワして寂しいくらいという。
ムスカリは葡萄の房みたいな形で、青い色がきれいな花。
道に沿ってたくさん植えられているのかもしれない。
落ち着かない気持ちの表現として
おもしろい描きかたをしています。
階段はちひさく螺旋を描きつつ雨音の濃き二階へつづく 石松 佳 P113
「雨音の濃き」と言われると、確かにそうかもしれないと思います。
階段で二階に上がっていくときのちょっと不安定な感じが出ていて
ちょっとしたスケッチのような歌になっています。
里にまた緑のひかりは巡りきて高さ違える水張田の空 *違える=たがえる 岡村 圭子 P114
水張田は苗を植える前の水を張った田んぼを指すらしく
空や風景を映して鏡みたいになっています。
また美しい景色を見る季節になったことがさりげなく詠まれています。
「緑」「巡り」「水張田(みはりだ)」といった
マ行の音+「り」の音がとても心地いい。
「高さ違える」という把握がとてもよくて
田んぼの位置の高低によって
映っている空の位置に差が出ているのでしょう。
的確な描写によって毎年見ている風景を切りとっています。
自分から言い出す誕生日のように降り始めた雨だから濡れたい 鈴木 晴香 P 117
相手から興味をもって聞かれたのではなく、
「自分から言い出す誕生日」というのは
なんともしっくりこない感じが残ります。
そんな比喩で詠まれた雨は
たぶん望んでいる天気とは違うのでしょう。
「濡れたい」という結句まで詠んだことで
雨に打たれる悲しみ、冷たさまで伝わります。
嘘ならばさいていな嘘、嘘でないならさいていなひとだよ四月 田宮 智美 P122
一連を見ていると、どうも転勤で自分から離れていった人に向かって
言っているようです。
果たして言われた言葉は嘘だったのか、そうでないのか、
確かめることはできないのかもしれません。
「さいてい」とひらがなで2回使われているところが
とても強い印象になっています。
「四月」で終わる結句も効果的で
人間関係が変わっていく季節の
一コマとして、とても印象深い歌です。
寄り道が時間つぶしでなかつたころ渋谷の街はラメの輝き 木村 珊瑚 P 127
寄り道をしていたころ、渋谷に行っていたみたいですが
主体にとって決して「時間つぶしでなかつた」といいます。
たしかに寄り道だったとはいえ、
ちゃんとした意味があったことを懐かしんでいるようです。
細かい説明をせずに「ラメの輝き」としたことで
その場所、時間、思い出などが
キラキラした輝きを纏って見えます。