波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2017年8月号 2

はつなつの薄いカーディガンくたくたと椅子の背にありときどき落ちる     小林 真代 p29

夏用のカーディガンなので、かなり薄手だと思う。

もう着込んでいてくたくた感のあるカーディガン、

椅子の背にかけているけど、たまにすべり落ちるんだろう。

生活のなかになじんだアイテムを描写しているだけだけど

日常の空気感みたいなものが見えてきて、

気になる一首でした。

みたらしのしの字のしつぽうねうねとのばす暖簾に夜店はじまる   清水 良郎  P30

三句目までの描写で

「し」という文字のうねうねした感じがよく出ていて面白い。

ひらがなが多くて余計に

長ったらしい感じが出ています。

暖簾というアイテムに注目して細やかに描くことで

夏の夜店の様子を描いています。

憎むとは忘れないことクスノキの落ち葉は庭の四隅に積もる  紺屋 四朗   P36

深く憎んだ相手は簡単に忘れないもの。

いつまでも内面に残っているわだかまりから、

庭に積もる落ち葉へと転じています。

「四隅」という提示がよくて

あまり注目されることのない庭の隅っこに

積もる落ち葉を描くことで

心の隅にずっとずっと残る感情の深さを伝えています。

と同時に「クスノキ」というカタカナの存在がよくて

これが「楠」だったらちょっと硬すぎたかもしれません。

初めての看取りにのぞむ中島くん「怖い?」と訊けば「くやしい」と言う   山下 裕美  P42

介護施設で働く作者の歌のなかには、

いつもどこかゆったりした感覚があります。

実際にはとても忙しいし、しんどいことも多いはずですが。

この歌のなかでは職場の後輩にあたるだろう「中島くん」を描くことで

仕事のなかのワンシーンを描いています。

看取りという特殊な場面に臨む心境を

短いセリフのやり取りで描いていて

職員同士の感覚の差や関係を伝えてくれます。

雨傘のまあるき視野の池の辺を燠火の色に鯉が浮き来る    清水 弘子   P42

主体が雨傘を差しているので

視野が傘のかたちによって遮られている。

その限られた視野のなかにすいっと鯉が浮かんでくる。

しかも「燠火の色」だという。

雨降りの日の暗めのトーンの風景のなかに

浮かんでくる、炭火のような色をたたえた鯉。

色彩の対比が美しいうえに、初句から二句の視界の限定で

自分だけの世界、といった提示になっていると思います。

午後二時の参院予算委員会のガラスの水差しの水滴白し     石原 安藝子  P44

国会中継を見ているようですが

「ガラスの水差し」に注目した点が面白い点です。

さらに「水滴」という微細なものを見ることで

通常は入り込むことのない国会内部の世界に迫っています。

旧タイプを知らねど帰り道に食う新チョココロネは励ます我を     相原 かろ  P56

なんの旧タイプかな、と思って読んでいくと

「チョココロネ」の話。

パンの味がリニューアルしたらしいけど

じつは古いタイプを知らない。

知らなくてもチョココロネは美味しい。

大仰な感じからはじまって結句までの着地が面白い。

「励ます我を」とわざわざ倒置にしていることで

強調している工夫があります。