波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属しています。         ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

塔2017年7月号 2

すんなりときたる諦め飛行機が雲をやさしく伸ばし続ける   宇梶 晶子  P25

何かをあきらめる感情が思っていたよりもすんなりやってきたことと

空に伸びていく飛行機雲の組み合わせに惹かれました。

飛行機のあとに長く伸びつづける雲や青い空のイメージがあるので

どこか爽やかな印象すらあります。

ただ「すんなりと」と「やさしく」はやや説明過多な気がして、

どちらか一方だけでもよかったかもしれないです。

日曜のぬくき居間より落花生の大き袋と夫の消えおり   山下 裕美    P35

日曜の「ぬくき居間」は居心地よさそうなのに

いつのまにかいなくなっていた夫。

「落花生の大き袋と夫の」と並列になっている点が面白くて

どちらもさっきまでいたのに、

「消えおり」となっています。

長年一緒に暮らしてきたご夫婦の空気感がうかがえます。

歴史書に鉄器が出現しはじめるページをめくりプリンをすくう    荻原 伸  P37

歴史書を読んでいて、時代は人類史に鉄器が登場するあたり。

でも主体は柔らかいプリンをスプーンですくっている。

鉄器という硬い物質と

プラスチック容器に入ったプリンという対比が面白くて、

ちょっとゆるい雰囲気を感じます。

村はずれの橋を渡りて末つ子のかならず帰ると言ひて逝きしと  中澤 百合子   P97

すぐ前には「戦争に末の男の子を逝かしたる祖母は日毎に小さくなりいき」

という一首があります。

末の息子を戦争に取られてしまった祖母が

最期まで帰ってくる、と信じていたという話に胸打たれます。

「村はずれの橋」という初句がとても印象的で、

こうあってほしい、という祖母の願いと

現実をつなぐ橋であったと思うのです。

アカシアより始まる校歌のアカシアに気づかざるまま思春期過ぎにき    西川 啓子 P105

「思春期」なので中学か高校の校歌だろう、と思います。

アカシアには「友情」とか「豊かな感受性」といった

花言葉があります。

実際に校歌を歌っているときには気づかなかった

価値や意味にだいぶ後になってから気づいたのでしょう。

あるいはアカシアの黄色の花の華やぎに象徴される

若さの価値をあとで振り返っているのかもしれない。

単に「校歌」だけではなくて、

もっと広く学校生活全体のことを

指しているのかもしれません。

大らかな上司数名ありしこと米炊く湯気のように思えり    山内 頌子   P107

ほかの詠草を見ていると、おそらく仕事で

叱責を受けたときの心理なのでしょう。

上司にもいろんな人がいて、

「大らかな上司」はほんの数名だったのでしょう。

過去形なので、いまはもうその人たちは

上司ではないのだと思います。

思い返せば「米炊く湯気」のような記憶であること。

働くことの難しさとか

それでも毎日の繰り返しがあることを

うかがわせます。