波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属しています。         ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

塔2017年6月号 2

ゆび差すという暴力に耐えるごと満月、春の空にかがやく      白水 麻衣     24

月という唯一の美しさは、つねにだれかから見られるもの。
特に満月となると余計に目立つ存在。
「ゆび指す」という行為を「暴力」としている点がとても強くて、
美しい存在がもつ魅力と同時に、危うさみたいなものを感じます。

雪柳のふぶくを見てをり名歌とは目方のあると思へて来たり     左近田 榮懿子    24

美しい曲線と、たくさんの小さな白い花が印象的な雪柳。
風に揺られている様子もとてもきれいです。
下の句では「名歌とは目方のある」という
主体の気づいた考えにうつっています。
「目方」でとらえる視点が面白くて、
長らく残っていく歌の中の
どこかで揺るがない重みをイメージします。
風に吹かれて揺れている雪柳の景と
主体の心情とが合わさって、美しく、興味深い一首になっています。

アスパラガスきらいなきみのアスパラガスだまって食べる顔が好きなり    山下 裕美    37

お子さんかな、と思ったのですが、
アスパラガスを嫌いでも食べてはくれるようで
もくもくと食べているのでしょう。
その食べているときの顔を見つつ
その表情が好きだと思っている主体がいます。
アスパラガスの2回の繰り返しで
軽いリズムができています。

火に針を炙りて棘を抜いてくれたあなたがいない春が来ました    吉川 敬子       40

以前、同じ作者が夫を亡くした時の歌を引いたことがあります。

塔2016年12月号 2 - 波と手紙

亡くなった後に夫を思いだすことがしばしばあるのでしょうけど
「火に針を炙りて棘を抜いてくれた」とは
とてもささやかな日常の思い出です。
そんな小さなシーンが故人の人となりや雰囲気を
実に鮮やかに伝えてくれます。

面接の一度きりかもしれぬ町少女に混じり揚げたてコロッケ     江種 泰榮     40

面接に行ったけど、もし不採用ならその町にくることは
もうないかもしれない。
その町の少女に混じって食べる「揚げたてコロッケ」も
一度切りの味かもしれない。
面接が終わった後の疲れとか手ごたえとか
今後の予定とか、あれこれ考えるかもしれないけど
つい買い食いしているシーンを描くことで
妙に共感してしまう歌です。

夕景にクレーンがひとつ立っている諦めがついたような角度で     関野 裕之    41

無機質なクレーンを見ながら、人間の感情を重ねています。
クレーンの曲がり具合を
「諦めがついたような角度で」とすることで
生きていない物体にも
なにかぬくもりが生じるようです。

ほぼすべて意図することは届かないあんずの花があかりにひらく    荻原 伸     43

意図することは届かないことの方が多い。
いつからか知ってしまう諦念を
また確かめるような内容です。
あんずの花は春先にかわいい花を咲かせます。
「あかりにひらく」で灯るような印象があります。
最初は諦めている歌かな、と思っていたのですが
わずかに届くこともあるだろう、という希望を
詠みたいのでは、と思い至りました。

まづ沈みそれから浮くと金魚の死を記憶の底から言ふ人のあり     小林 真代    45

金魚の小さな死の様子を語る人を詠んでいて、
「記憶の底から」にすごみがあります。
もしかするとかなり前のことで、
記憶を掘り起こして語っているのかもしれない。
一度沈んでから浮く、というプロセスを語ることで
生きものの死の描写に迫力が出ています。

ファスナーを開けゆくやうに水鳥は修法ヶ原の池に水脈ひく      *修法ヶ原=しおがはら    渡辺 美穂子   52

美しい情景が思い浮かぶ一首です。
水鳥がすーっと水面を移動していくときに出来る水脈を
「ファスナーを開けゆくやうに」とすることで
映像のような景色を楽に思い浮かべることが出来ました。
シンプルな比喩ですが、俯瞰している視点が加わって
広々とした景色を描いています。