波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属しています。         ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

一首評 「栞」

卓上の本を夜更けに読みはじめ妻の挾みし栞を越えつ       
         吉川 宏志 『夜光』 

 

吉川宏志氏の名前を記憶した歌といえば
たしかこの一首だったと思います。
何年も前、まだひとりで短歌を詠んでいるときに
大型書店で立ち読みした短歌関係の雑誌の中にありました。
特集内容や本文そのものは忘れているけど、
引用されていたこの短歌は覚えています。
静かな世界だけど存在感のある歌、という印象でした。

夜遅くに卓上に置かれていた本を読みはじめ
けっこう読み進んで妻が挟んだ栞を越えてしまった。
内容はささやかだけどやはり巧みな歌だと思います。

同じ空間に住んでいる身近な相手だけど
他者である「妻」が挟んでいた栞を越える。
一冊の本を介して
作者と他者の関わりがなんとなく見える気がするのです。
「越えつ」という強い響きをもつ完了の助動詞で
締めくくることで、引き締まった感があります。