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波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属しています。         ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

塔2017年4月号 1

・・・ブログの更新が止まってますな。
いかんなぁ。では塔2017年4月号の月集から。

死を悼むは因縁浅きひとばかりさざなみのまぶしくて目を閉づ

綺麗ごとでなきことは言つてはならぬこと汝が悪はひそかに善に用ゐよ   真中 朋久     3

真中さんの歌から2首。
誰かの死について悼む人が「因縁浅きひとばかり」というところに
人間関係の複雑さが見て取れます。
現実の複雑さをよくわかっているせいか、
下の句で静かに受容している様がうかがえます。

二首目はなんだか不気味な雰囲気のある歌です。
上の句の音数が多いのでとてもボリュームがあります。
音数は6・9・5・9・7となっていて、
二句目と四句目の音数がとても多くなっています。
「汝が悪はひそかに善に用ゐよ」は
自分に向かって言っているのかもしれないし、
誰かを戒めているのかもしれない。

言葉から逃げたくなった日の暮れを皇帝ダリア背高のっぽ      山下 洋      3

いくら巧みに言葉を使う人でも、
その重さや束縛から逃げたい、と思う日もあるのでしょう。
「皇帝ダリア背高のっぽ」で内面を見透かされている感じがします。
「皇帝ダリア」という名詞に迫力があって、
逃げたくても逃げられない、という暗示のようにも思います。

 追ふ雪が追はれる雪になりて降る幾千の黙窓に満ちたり   *黙=もだ    澤村 斉美    10

「追ふ雪」から「追はれる雪」に変わるのは
雪の質感や降りかたの変化なのか、
見ている主体の気持ちの変化なのか。
「追はれる雪」のほうが
なんだか切羽詰まった焦燥感があるように感じます。
「幾千の黙」は降っている雪のすべてかもしれないし
夜の中に浮かぶ窓の静かさかもしれない。
とても厳かな気持ちをたたえています。

石段を上る速度は一人一人の祈りの速度に滞りつつ     花山 周子    12

ひとつ前の歌から布施弁天に行った時の歌だとわかります。
石段にまで続く行列ということは
初詣かな、と思います。
お祈りを終えて列が少し進む様子を
「祈りの速度」によって足の進み具合が滞る、
としたところに観察からくる飛躍があります。