波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2016年12月号 4

塔12月号 作品2から。こちらは後半。

したような気がするこんな口づけをパックの牛乳流し込むとき   太田 愛   143

初句の大胆な入りかたがとても印象的な歌です。
どう続くのかな、と思って読んでいくと、
「こんな口づけをパックの牛乳流し込むとき」ときます。
ひんやり冷たい牛乳をパックから飲むときに
よみがえる記憶、
唐突で自分でも驚くかもしれない。
「したような気がする/こんな口づけを」という
句割れや倒置が勢いのあるリズムを生んでいます。

おこりんぼ 触れなば爆ずる爪紅の実よと少女は母に言われき  

*爆ずる=はずる *爪紅=つまぐれ      平田 瑞子    155

爪紅は鳳仙花のことなんですね。
熟した実から種が勢いよく弾けて飛ぶことが知られています。
初句でいきなり「おこりんぼ」と提示して、
そこから「爆ずる爪紅の実」のイメージにつなげることで
少女の気性の激しさがぱっと浮かびます。
鳳仙花の花の色も、怒りという感情のイメージに合っています。

知らぬ児が髪ゆ真水を匂はせてあゆみてきたり擦れちがひざま    藤原 明朗     169

見知らぬ子供の髪の毛からただよう真水の匂いに
気づいたとき、というちょっとした日常をすくっています。
日常の中の、普段とは違う純度の高い部分に触れたような
一瞬を描くのに、短歌は適しています。
ただ、結句の「擦れちがひざま」という語は
「あゆみてきたり」とはいまひとつ合っていないと思います。

そこに汝はゐたのであつたスカートの模様となりてひそみて守宮    𠮷田 京子     174

こちらも導入が巧みな一首です。
「そこに汝はゐたのであつた」で、なんだろう、と思わせておいて
結句の「守宮」まで意外な展開を見せます。
「スカートの模様」のようになじんでいた守宮、
小さな異質を面白い構造で切り取っています。
「なりてひそみて」の「て」の重なりが少し気になりますが
とても印象深い歌です。

気持だけ如雨露のごとき雨が降りひまはりの花うつむいてゐる      広瀬 桂子    181

わずかに降った雨ののち、うつむいている向日葵。
雨はちょっとだけ、向日葵もパッとしない。
暑くて色鮮やかな夏のイメージとは
また違う一面ですが、そこに着目する歌もいいなと思います。
初句の「気持だけ」という語が効果的かどうか、
疑問はあるのですが。