波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

大森 静佳 「サルヒ」

先日、なんとか手に入れた大森さんの「サルヒ」から少しだけ。
今年の夏にモンゴルに行かれたときの写真と短歌で構成されています。
モンゴル語で「風」を意味する「サルヒ」には
大草原の景色が広がっています。

唇もとのオカリナにゆびを集めつつわたしは誰かの風紋でいい  *唇=くち

攻めなければ、感情の丘。この靴をこころのように履きふるしつつ  

この夏を痺れるばかりに遠くして帽子は何の墓なのだろう 

風が通った後にできる美しい風紋。
「誰かの風紋でいい」というさしだすような言い方で
他のものからの影響を受け入れるような覚悟があります。
オカリナ、というとても素朴な楽器を選択している点も魅力的。

二首目は初句から二句がとても面白い一首。
のどかな草原や遠くの丘。
日本とは全く違う空間のなかで
駆り立てられるような気持ちもあったのかもしれない。
足になじんでくたびれていく靴と心の組み合わせに
なんだかしみじみしてしまう。

「サルヒ」に収められている写真は、大きく空と地に二分されています。
本当に見渡す限りの草原と、人と動物たちの暮らし。
数日間の滞在だから、後からみると余計にまばゆいのかもしれない。
「帽子」という頭にかぶるアイテムが
「墓」と結びつくことで、
どうしても遠ざかってしまう記憶を哀惜しているようです。