波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

塔2016年11月号から 11

11月号の紹介、終わったなーとか思っていたら月集をとばしていますね。
いや、別にわざとじゃなくて思いつきで新樹集から始めた都合、
次のページに進んでいっただけです・・・・。

ネクタイをまた締めてゆく秋となり小鮎のような銀で挟めり   吉川 宏志   P2

たしか歌会で見て、わぁいいなぁと思った記憶があります。
ネクタイを留める「小鮎のような銀」がポイントで
詩的な美しさがあります。
ネクタイという縦長の布が
なんとなく川に思えてくるから不思議。

人称はまだ僕でいい稲妻が遠くのビルを撓らせている     永田 淳   P4

「人称はまだ僕でいい」
これは息子さんへの言葉かな、と思いました。
男の子は自分のことを僕、俺、私など
言い方が年齢によって変わっていくので
どんどん大人になっていくのを
見守りながら同時にそんなに急でなくていい、
と思っているのかもしれない。
鳴っている「稲妻」はそのうちやってくる
困難を暗示しているみたいで、
相手を見つめるまなざしとか不安が
混在している一首だと思います。

十二人の手配写真の男らとともに待ちたり次の電車を     松村 正直   P4

映画のワンシーンでありそうだな、
と思って楽しく読んだ一首です。
「十二人の手配写真の男ら」っていうのがいいですね。
主体もそのなかにまぎれているのが
なんだか面白みがあって、
日常のなかに発生する偶然を
切りとっていて、コミカル。

墓石と墓石の間を埋め尽くす雪ありにけむ長き戦後の      梶原 さい子   P7

ここしばらく、梶原さんの詠草では
ロシアを訪問した歌が続いています。
とても興味深く拝見しました。
今回は日本人墓地を訪れた時の歌。
墓地を訪れて、見ているのは現在の風景と同時に
その地にながれた歳月の長さでしょう。
墓石の間にあっただろう雪の多さと
戦後の時間の長さを
重ねていて、重みのある一首です。

しづけさは遺品のやうだ八月の窓のかたちとそれを満たす陽     澤村 斉美   P10

「遺品」という言葉がおごそかで
夏の終わりを感じる歌です。
まだ暑いけど、確実に終わっていく夏。
「八月の窓」は額縁、
強い陽のひかりは遠い思い出みたい、と感じます。

両手のばし背を反らせる木彫の猫のあらがふうちなる固さ  *背=せな  万造寺 ようこ P13  

実に面白い視点の歌です。
木彫の猫のなかに、実は本物の猫がいて
外に出ようとしている、みたいな面白さがあります。
猫の置物の描写も的確で
すぐにフォルムをイメージできます。