『文学の見本帖』という書籍が面白かったので、
ちょっとだけ感想をあげておきます。
著名な作家の作品とその背景について書かれていて、
ちょっとした読書案内にもなりそうな本でした。
歌人からは岡本かの子、寺山修司、若山牧水が取り上げられています。
今回は『記録者の目―若山牧水』について少しだけ。
若山牧水が関東大震災をどう記録したのか、について考察がなされています。
牧水は関東大震災後に出した『創作』において、
地震の記録を残しています。
それは短歌よりも、記事という散文の形で掲載されています。
海の波の様子、遠くで起こっている火事のことなどがつづられています。
興味深いのは、「観察の記録にとどめて、
よけいな感情表現をいっさい入れない」(P258) という姿勢にあります。
この観察に徹する姿勢によって
牧水の文章は今でもリアリティを持っている、と池内紀氏は指摘しています。
『みなかみ紀行』を例にあげながら
「牧水の紀行記は近代的なルポルタージュの手法にもとづき、
乾いた散文で書かれている。即物性と効果が巧みに取り入れてある」(P261)と続きます。
抒情は短歌に託して、事実は散文に託したことで
両者の効果を使い分けていたという指摘です。
こういう分析を読むと歌人の新しい側面に
触れるような気がして、とてもうれしい。
自然児のようなイメージで言われがちな若山牧水、
短歌と散文の効用を巧みに使い分けていたという指摘を
ふまえてもう一度読んでみたいですね。