今回は大口玲子さんの「大口玲子集」を取り上げてみましょう。
第一歌集「海量」の作品がメインで、すごく読み応えがありました。
■日本語、言葉を詠んだ歌
名を呼ばれ「はい」と答ふる学生のそれぞれの母語の梢が匂ふ
日本語が日本を支ふる幻想のきりぎしにかつて立ちしは我か
いまだ雪を見ざる瞳に映すべき教科書体の「雪」といふ文字
夕焼けを共有しゐるあやふさを平易な日本語で言はばあるいは
一首目は大口玲子さんのお名前をはっきりと記憶した一首です。
日本語教師として教壇に立つときに、出欠を取っているシーンかなと思います。
短い返事の中から感じとる「母語の梢」という繊細なとらえ方にとても惹かれる歌です。
大口玲子さんの短歌には、言葉や日本語、そして日本の歴史に着目したものが多くあります。
日本語を教える側として培われた鋭い感覚と、言葉に対する真剣さが出ていて、
とても鮮烈で印象深い短歌があります。
二首目、日本語を中国などで教える立場になったとき、その言葉がもつ歴史の重さ、
そしてそのなかに自分を置く姿勢が真摯です。
三首目、生徒さんにはいろんな国や民族の人がいたのでしょう。
雪を知らない生徒さんに教えていく未知の言葉、未知の景色。
教師としての視点、歌人の感覚が交差するときに面白い地点が見えてきます。
四首目、生徒さんと会話するときには平易な言葉になりがちのときもあるでしょう。
どれほどの景色を共有できるのか、ここでは「あやふさ」という脆さを含んだ言葉で
その儚さを伝えています。
■内面の繊細さが現れている歌
胸底の闇に螢を飼ひながら緑の光を時々は吐く
言ひたきことぎつちり詰めて向日葵は中心部のその暗さをひらく
ひかりつつ闇切り分けてほたるなすほのかな傷のやうにも飛べり
箇条書きで述ぶる心よ書き出しの一行はほそく初雪のこと
人生に付箋をはさむやうに逢ひまた次に逢ふまでの草の葉
「ナショナリズムの夕立」で大口さんを知ったせいか、
読むまではもっと骨太な短歌が多いかなと思っていたのですが
内面の繊細さを窺わせる短歌が意外と少なくありません。
おのれの闇の中に飛ぶ螢、
向日葵の中心にびっしりと並ぶ種とその色、
ほたるの飛ぶ軌道が「傷のやう」という把握、
繊細な把握がいきています。
箇条書きで簡潔に書かれている文章の内容がまず初雪であることや
途切れとぎれに続く関係を「人生に付箋をはさむやうに」という比喩で表すことに
豊かな詩情を感じます。
■東北を詠んだ歌
白鳥の飛来地をいくつ隠したる東北のやはらかき肉体は
原子力関連施設いくつ抱へ込み苦しむあるいは潤ふ東北よ
そのかみのひたかみをきたかみに変へて歳月は雪をまとひてしづか
三首目はリフレインのような言葉の連なりがとても美しい調べをうんでいます。
それと同時に、東北の歴史も感じさせる作りが巧みです。
略歴等を見ていると、結婚後に東北地方へ移られたらしく、
その後に第二歌集以降の歌集が出ています。
「大口玲子集」には第二歌集以後の短歌は収録されている数が少ないので、
あまり詳しく分からないのですが、引いた歌には住んでいる土地への愛着や複雑な心境が出ています。
東日本大震災後である現在からこれらの歌を読むと
余計に重く感じます。
ただ現実を直視して詠む姿勢と、一方ですごく繊細な感覚の両方を
お持ちなんだな、と感じ入りながら読みました。