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波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属しています。         ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

佐藤弓生 「モーヴ色のあめふる」

自分ではとても描けない幻想的な世界に惹かれることってありますね。
今回は佐藤弓生さんの「モーヴ色のあめふる」を取り上げます。

 

■なにかと接する面をとらえた歌

天は傘のやさしさにして傘の内いずこもモーヴ色のあめふる

人は血で 本はインクで汚したらわたしのものになってくれますか

ふる雨にこころ打たるるよろこびを知らぬみずうみ皮膚をもたねば 

いずれも歌集の最初のほうにのっている歌です。
傘は通常は雨と接触する面だし、よごす対象である人や本にも皮膚や表面があります。
湖には水面という面で水の世界とそうでない世界を分けています。
選んでから共通点を探していたらそう思い至りました。

一首目、「傘の内」とは頭上の大空を指すのでしょう。
モーヴ色は薄く灰色がかった紫色で、淡い色です。
雨の色がモーヴ色というのは心象の風景でしょうか。
見上げている空が傘の内側であるというとらえ方は面白い発想です。

二首目はすこし不気味な雰囲気がただよいます。
「人は血で」のあとの一字空けにより初句のイメージがつよく印象に残ります。
「血」や「インク」でほしいものを汚すという行為に利己的な欲をかんじます。

三首目は雨にうたれるときの感覚を思い出してしまった一首です。
手や腕に雨を受けた時に皮膚が水をはじく感覚を、
「こころ打たるるよろこび」というのは雨を愛しているひとの感覚ですね。

 

 ■滅びや終わりの歌

いきものの夏の終わりに吸えるだけ夕陽を吸ってあかるむ扉

美しくほろびるというまぼろしにさくらもみじのたしかな軽さ

まんまるな月ほどいては編みなおす手のやさしくてたれか死ぬ秋

「夏の終わり」っていちばん儚い季節じゃないかと思っています。
扉に沈みゆく太陽のひかりがあたって鮮やかなシーンでしょうけど、
夏の生きものが死んでいく見送りだと思うとき、
夕陽のあかさがいよいよ有限だと感じます。

さくらの葉、秋にはきれいに色づきますね。
「まぼろし」という言葉と「軽さ」という言葉が呼応しています。

ほどかれる「まんまるな月」が毛糸玉のように思えてきます。
「月ほどいては編みなおす」とは壮大な空想ですが
それはだれかの死をむかえる準備なのかもしれません。

■月の歌

ひらかせるてのひら熱くかじかんで月を握っていたのかきみは

きみの目に静かの海のくっきりと嘘がつけないさびしくないか

言語野はいかなる原野 まなうらのしずくを月、と誰かがよんだ

最後には『月百首』という月の歌がたくさん収録されています。

一首目のかじかむ、とは手足などが寒さのせいで思うように動かなくなるときに使う言葉ですが、
「熱く」とは奇妙な感じです。
「ひらかせる」という使役の動作でてのひらの内側をみてしまったとき、
それは秘密の共有の瞬間かもしれないと思うのです。

二首目の「嘘がつけないさびしくないか」は正直な問いかけです。
上の句の「くっきりと」のあとにはなにか言葉が(たとえば浮かんでいるとか)省略されているのですが、
下の句の問いかけを強引に置くことで主体の主観を前面に出しています。

三首目で、言葉についての脳の部分である「言語野」を「原野」とすることで
言葉遊びのような感じもするし、ひろびろとした原野の光景が浮かびます。
「月、」という読点のつかいかたでひと呼吸おいています。
あたらしい言葉や表現をうむ瞬間を描いているのではないかと思います。


とても幻想的な世界で、ふだん私が結社誌で読んでいるのとは全く違う短歌です。
絵本のなかにずっといるような浮遊感を感じるのも不思議なところです。
ほかにも印象的な歌はたくさんあったのですが、またおいおい一首評で取り上げたいと思います。