波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評「創」

てのひらをひらけば雨は白銅の硬貨の創を潤ませてゆく *創=きず 梶原さい子「日本人墓地」『ナラティブ』P120 ロシアに訪れた様子をつづった連作「極東ロシアへ」は、『ナラティブ』のなかでとても印象深かった一連です。 梶原さんの旅行の歌、私はとても…

2021年をふりかえる

2021年をふりかえってみましょう。コロナ禍の状況での暮らしが長くなり、マスクや消毒のある生活がすっかり日常になってしまいましたね。今のところ、私や家族はなんとか健康に暮らせていて、ありがたいことです。 今年をふりかえるとき、私にとってとても大…

黒瀬珂瀾『ひかりの針がうたふ』

短歌結社・未来の選者をつとめる黒瀬氏の第四歌集。 第三歌集『蓮喰ひ人の日記』から続けて読んでみて、英国、日本の九州と居所を変えつつ、進んでいく人生の断片を描いています。 格調高い、やや硬質な雰囲気の文体でつづられるのは、日常のなかの家族の姿…

『COCOON』21号

コスモス短歌会の同人誌「コクーン21号」からいくつか紹介します。ご紹介が少し遅くなって申し訳ないです。

一首評「向日葵」

向日葵をきみは愛(を)しめり向日葵の種子くろぐろとしまりゆく頃ぞ 坪野哲久「冬のきざし」『桜』 「向日葵」を愛した君とは、歌誌「鍛冶」の若手として期待されていた青江龍樹。 残念ながら戦争への召集がかかり、哲久とは会うことも叶わぬまま戦場へ赴く…

小島ゆかり『雪麻呂』

今回は小島ゆかりさんの『雪麻呂』を取り上げてみます。 シンプルで上品な表紙の歌集です。

一首評「灯す」

〆鯖のひかり純米酒のひかりわが暗がりをひととき灯す 田村元『昼の月』「梅の木」P77 自分の中の暗がりを一時的とはいえ、灯してくれるものが、人それぞれあるでしょう。 『昼の月』では圧倒的に、居酒屋や家で飲むときの酒や料理が、主体にとっての灯して…

一首評「紋」

みづからのからだに刻む紋ありてななほしてんたうの昏き夏 「沼」『ナラティブ』P205 梶原さい子 てんとう虫の模様は水玉みたいで、可愛らしいイメージだと思っています。 てんとう虫に生まれた以上、その模様を背負って生きていくことになるのですが・・・…

『COCOON』20号

ついに20号を迎えたコクーン。120頁超えで、大変読み応えのある仕上がりになっています。 できるだけいろんな歌を紹介したいと思います。

一首評「肉体」

片脚のない鳩のいた野草園 肉体という勇気を思う 小島なお 「セロテープ透ける向こう」『展開図』P120 無残な姿を晒しながら生きていく鳩。どこかが欠けたままでも生きていく。 まだ生きていくことができる「肉体」が持つ、どうにもできない外見の迫力を思わ…

一首評「踏切」

拒みしか拒まれたるか夏の夜の踏切が遠く鳴りゐたりけり 真中朋久「リコリスの鉢」『エフライムの岸』P96

一首評「無知」

桜吹雪 つよい怒りを脱ぎ捨ててどの無知よりもつややかでいる 工藤玲音「ほそながい」『水中で口笛』 工藤玲音さんの第一歌集から。言葉のもつ弾力を感じる歌が印象に残りました。 この歌なら、下句の「どの無知よりもつややかでいる」。 「無知」は本来、悪…

『COCOON』19号

同人誌「cocoon」19号のレビュー。

松村正直評論集『短歌は記憶する』

『短歌は記憶する』のレビュー。

塔2021年1月号 2

塔に掲載された時評とか書評などの感想を、ときどき書いていってみようかな・・・と思います。 1月号は、誌面時評(2ヶ月前の塔の企画や内容を振り返る評)の担当者が変わるタイミング。2021年1月号からは浅野大輝さん。適任だな、と思います。

一首評「芯」

知りたいと思わなければ過ぎてゆく 林檎の芯のようなこの冬 小島なお「心の領地」『展開図』P109 冬にかかる、林檎の芯の比喩は奇妙な感じ。林檎の「芯」なので、周りを削り取られた残骸みたいなイメージが浮かびます。 でも、心もとない状態を感じ取り、何…

『COCOON』18号 2

『COCOON』18号に掲載されている時評について、少しだけ書いておきます。

『COCOON』18号

コスモスの結社内結社・コクーンの同人誌は創刊号から読んでいますが、メンバーも増えてどんどんボリュームが増しています。 コクーン18号を読み終えたので、全体の感想をアップしておきます。 全ての作品に触れることはできませんが、コクーンの雰囲気を感…

塔2021年1月号 1

塔2021年1月号が届きました。 すこし考えたことを書いておきます。

2020年を振り返ってみる

今年最後の投稿になります。2020年は誰にとっても、驚きやショックの連続みたいな1年になってしまいましたね。 私もなんとか無事に年末を迎えることができて、ホッとしています。 年のはじめに転居して、新しい生活が始まったことがプライベートでは大きかっ…

江戸雪『空白』

江戸さんの第七歌集。 一冊全体を通じて、抑えきれない怒りや感情があふれている歌集です。

松村正直『風のおとうと』評「現実との距離、そしてまなざし」(2017)

*松村正直歌集『風のおとうと』評として、かつて「塔」誌上で発表した文章です。今さらですが・・・ブログにも公開しておきます。(3年経っている・・・3年!?) *掲載にあたって一部、表現を変えた箇所があります。

松村正直 『午前3時を過ぎて』

今回取り上げるのは松村正直氏の『午前3時を過ぎて』です。 以前とりあげた『やさしい鮫』から約8年、端正な文体がさらに深化したという印象です。 (諸事情あって、前の記事を再投稿しています・・・)

一首評「戦士」

ぼろぼろに朽ちたり燃えあがつたりする薔薇がいとしき戦士であつた 木下こう「あはくてあかるい」『体温と雨』P127 『体温と雨』に収録されている歌は全体的に、まさに淡い感じの歌が多いです。 そのなかでポイントになっているのは、名詞の使いかたではない…

一首評「街」

だらしなく降る雪たちにマフラーを犯されながら街が好きです 阿波野巧也「ワールドイズファイン」『ビギナーズラック』P9 街に関する歌が多い歌集でした。 全体的な語り口はとてもライトですが、ときどき、いい意味で引っかかる表現が入っています。 取り上…

一首評「こころ」

近づけば近づくほどに見えざらむこころといふは十月の雨 本田一弘 『あらがね』「虎」 普通は距離をつめて近づくほどによく見えるはずなのだけど、近づくほどかえって見えないようになるだろう、とは逆説的だし、皮肉。 単なる物体なら、近寄るほどにはっき…

一首評「髪」

蜂の音ヘ振り向くあなたの長い髪、ひろがる、かるい畏怖みせながら 千種創一 「連絡船は十時」『千夜曳獏』P54 近くで蜂の羽音がしたから、思わず振り向いてしまった相手を見ていて、その長い髪が広がる様に一瞬の美しさを見いだしているのでしょう。 実際に…

一首評「箱」

秋の雨あがった空は箱のよう林檎が知らず知らず裂けゆく 江戸雪「吃音」『空白』P30 10月にはたくさん歌集を読もうと思っていて、そのなかで読み終えた一冊が『空白』です。 秋の空は夏の空より、ずっと高く見えます。秋の雨が上がった後には、箱のようだと…

一首評「白」

白雲をおし上げてゐる白雲のかがやける白海をはなれつ 竹山広 「東京のこゑ」『一脚の椅子』 季節は夏かな…と思っています。海上に浮かんでいる雲にも位置の上下があって、おしあげていた下の雲が、海を離れたばかり。といった景色を想像します。 白雲のボリ…

一首評「風」

彼岸花あかく此岸に咲きゆくを風とは日々のほそき橋梁 内山晶太 「反芻」 『窓、その他』 ちょうどお彼岸の季節ですね。彼岸花の強い赤さは、私はけっこう好き。 この歌も彼岸のころの景ですが、彼岸は時期であると同時に、場所をも指しているのではないか、…