読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属しています。         ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

一首評 「ゆうやみ」

自転車が魚のように流れると町は不思議なゆうやみでした 松村 正直 「駅へ」 なんとなく物語の書き出しみたいな雰囲気をもっていますね。 自転車に乗っただれかがすっと近くを通りすぎた光景かなと思います。「魚のように流れる」という比喩で動きの滑らかさ…

一首評 「桜草」

あざやかな記憶のしかし桜草死を看取ったらあとは泣かない 土岐 友浩 「Bootleg」 「あざやかな記憶」はおそらく亡くなった方との思い出なのだろうけど「しかし桜草」という逆接によって二句の途中でぐっと歌の流れが変わっています。 早春にいちはやく咲く…

一首評 「雪」

全集の紐の栞をもてあそぶ雪という字の似合うあなたは 千種 創一 「砂丘律」 「全集の紐の栞」というとても細いささやかなアイテムや栞を触っている指の動き、「雪という字の似合う」という描写、ひとつひとつが「あなた」を丁寧に描いていて美しい。 「あな…

一首評 「柘榴」

月のなき夜の梢はしづかにて柘榴は万の眼をひそませる 中津 昌子「夏は終はつた」 「月のなき夜」なのでめだった光のない夜の暗さと柘榴の赤い色合いとがイメージとして浮かんできます。 柘榴という不思議な果実のもつちょっと不気味なイメージを思い出しま…

一首評 「黒猫」

人よりもゆたかにあゆむ黒猫の雑貨屋の角まがるまでを見つ 横山 未来子 「午後の蝶」 横山さんの短歌のなかには、猫を詠んだ歌が少なくありません。「人よりもゆたかにあゆむ」で猫好きのひとの感覚がよく出ています。 短歌についている散文を見ていると、外…

一首評 「椅子」

生きなほすことはできぬをいくたびもひきもどされてゆくひとつ椅子 真中 朋久 「火光」 人間はたしかにどんなに願っても生きなおすことはできない、その一方で何度もなんども位置を直される椅子。 椅子のようすは日常のなんでもないシーンのようでいて生きな…

一首評 「ブロッコリー」

喉をゆくブロッコリーのこまかさは一塊の森さやぐ涼しさ 大口 玲子 「海量」 「もの喰ふ女」のなかに置かれていた一首です。 ブロッコリーは確かに森を連想させる野菜です。喉を通っていく食べものと、連想してしまう森のさやぎとのリンクが面白い。緑色を思…

一首評「銀貨」

ポケットに銀貨があれば海を買ふつもりで歩く祭りのゆふべ 光森 裕樹 「鈴を産むひばり」 とても美しい歌が並ぶ一連「鈴を産むひばり」のなかに置かれている一首です。 にぎやかなお祭りの夕暮れに、そわそわした気持ちで歩いているのでしょう。「銀貨」とい…

一首評 「片耳」

失はれし瓶の片耳を恋ふやうな愛が身内の奥に残れり *身内=みぬち 楠 誓英 「青昏抄」 先日、葉ね文庫さんで買った一冊のなかから。美術館で陶磁器を見ている一連のなかにおかれている歌です。 しずかな美術館のなかでひっそりと置かれた、片耳が欠けた状…

一首評 「柘榴」

鮮明に柘榴の咲けり読み終へてまたはじまりへ戻る詩のごと 横山未来子 「金の雨」 柘榴というと、どうしても実を思い浮かべてしまうのですが、花もとてもきれいですね。 まあるく膨らんだつぼみからぱっと咲いた柘榴の花って鮮やかな色のおかげもあってとて…

一首評 「嘘」

嘘を吐くときには旅するごとく吐く日暮れてのちを残る海光 光森 裕樹 「石垣島 2013」 光森さんは写真の上手な方で、「石垣島 2013」は石垣島のすごくきれいな写真と短歌がセットになったちょっと変わった歌集です。 嘘を「旅するごとく吐く」とは面白い比喩…

一首評 「海」

ペルシアンブルーに織りいだす絨緞 海知らざれば海より碧く 中山明 「猫、1・2・3・4」 中山明氏の名前を知った思い出深い一首です。「ペルシアンブルー」からはじまって上の句を一気に読ませて、一字あけて下の句、という緩急のつけ方が面白いなと思い…

一首評 「硝子」

息吹きて硝子を膨らませることのたとえば断念のごとき愛しさ *愛しさ=かなしさ 三井修 「風紋の島」 前後の歌から、北海道小樽を訪れたときの作品であることがわかります。小樽は美しい硝子細工が有名ですね。吹きガラスと言われる、熱い硝子に息を吹き込…

一首評 「フォーク」

正しさって遠い響きだ ムニエルは切れる、フォークの銀の重さに 千種創一 「keep right」 2年前の塔新人賞の受賞作。すごく好きで何度も読んだ作品でした。シリア内戦をベースに組み立てられた連作で、そのなかのひりひりした空気が印象的でした。 「正しさ…

一首評 「新蝉」

恋ひ恋ひて損はれゆくわたくしと新蝉の羽根に降る朝の霧 米川千嘉子 「夏樫の素描」 *蝉は本当は旧字ですが環境依存文字なので代用しています。最近読んでいた「米川千嘉子歌集」から。相手を思う気持ちが強すぎるのか、どこか欠落していく「わたくし」とま…

一首評 「バラ」

贈りたきわたしのバラの四、五本のわたしを除いた部分を贈る 渡辺 松男 「まぶたと息と桑の実のジャム」 今回は角川「短歌」8月号の巻頭作品から。「わたしのバラ」というと自分の庭で育てたバラみたいなイメージがあるんですけどね、贈るにあたってわざわざ…

一首評 「アメンボ」

アメンボの肢の下には滅ぼされ水に沈んだ僧院がある 吉川宏志 「吉川宏志集」 今日は梅雨の合間のいいお天気でした。昔は水たまりでよく見たんだけどなぁ、アメンボ。アメンボのあのほそーい肢のしたに、かつては立派だったろう「僧院」があるという歌。はじ…

一首評 「金魚」

音のなき夜を迎えていまここにこころにしずむ金魚のうごき 「蜂のひかり」内山晶太(短歌研究2013年7月号) 久しぶりに眺めていた雑誌の頁のなかに見つけた一首です。「いまここにこころにしずむ」のリズムにとても惹かれます。夜の闇と金魚のあかるい色の対…

一首評 「錠剤」

口移しでわけあう錠剤 明日こそ拙い文字の手紙がとどく ひぐらしひなつ 「きりんのうた。」 最近読みかえしていた歌集から1首。 「錠剤」は最初はカプセル状の薬なんだろうと読みました。サプリメントかもしれません。恋人か、そのくらい親しいひととの戯れ…

一首評 「雲雀」

そしていま晴れ晴れとした一発の誤射としてぼくは飛びたつ雲雀 ひぐらしひなつ 「ひぐらしひなつ短歌bot」 しばらく前からツイッターのTLに流れてくる短歌に「ひぐらしひなつ短歌bot」があります。歌集「きりんのうた。」以降の歌をつぶやいてくれる…

一首評 「受話器」

雨はやみたとえばひとの声のするくろい受話器のような夕闇 江戸 雪 「江戸雪集」 ぱらぱらとページをめくっていて目が留まったのはこの一首。携帯電話やスマホが当たり前になったので、「受話器」っていう言葉はいまはかなり印象が薄れたかもしれません。オ…

一首評 「螢」

見つめ合う時の深さを計れずに螢見に来てわずかに憎む 梅内美華子「梅内美華子集」 新しく読みはじめた歌集のなかで、気になった歌です。 いまひとつ思いどおりにいかない恋が背景にあってかみ合わない関係を「わずかに憎む」若いときの恋愛ならよくあるんじ…

一首評 「海」

やはりあなたもここへ戻ってきましたかエレベーターは深い海です 松村正直 「午前3時を過ぎて」 いまひとつわからないけど惹かれる歌というのもときどきあります。 初句の「やはり」が強い言葉です。「あなた」もきっと同じ場所へもどってくるのだろう、とわ…

一首評 「種子」

天界にひとつ穀物の種子置きて春の地上はどこまでも風 中山明 「猫、1・2・3・4」 中山明さんの短歌はずっと前から好きで憧れている世界のひとつです。「天界」という神々しいイメージの世界に置かれる小さな種のひとつぶ、見下ろせば地上の大地に吹いて…

一首評 「なのはな」

なのはながなつのつなひくまひるです愛の向こうに人影がある 東直子 「東直子集」 東直子さんの歌はひとから教えてもらったのです。「東さんの短歌も、かわいいんだ」ページを開くと、いままでに私が好んできた短歌とはまた違う世界がありました。 ひらがな…

一首評 「キリン」

昔からそこにあるのが夕闇か キリンは四肢を折り畳みつつ 吉川宏志 「吉川宏志集」 動物園というと思いだすのがこの1首です。キリンを詠んだ歌はほかの歌人の方にもあるのだけど、寂寥感が漂うこの歌がとても印象深いのです。「そこにあるのが」の「そこ」が…