波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評

一首評「消す」

コンビニの伊右衛門取ればその隙間するする次の伊右衛門が消す 河合育子「うがひ」『春の質量』P44 コンビニの棚にはいろんなお茶がずらっと並んでいます。今回、主体が選んだのは伊右衛門のお茶。 棚の奥まで同じ商品が並んでいるので、手前の一本を取れば…

一首評「たまご」

つぎつぎに光るたまごを産みながら春の真中の炭酸水は 梶原さい子「尾鰭」『ナラティブ』P98 春の穏やかな日に、炭酸水のボトルを眺めてみる。 (中味が見えているので、ボトルでしょう) 春なので、そこまで暑さが激しいイメージは無く、あくまで優しい雰囲…

一首評「鳩」

手のなかに鳩をつつみてはなちやるたのしさ春夜投函にゆく *春夜=しゆんや 小池純代「青煙抄」『雅族』P12 春の夜に近くのポストまで行って、手紙かハガキを投函するつもりらしい。 「手のなかに鳩をつつみてはなちやる」がやはり楽しい表現です。 投函する…

一首評「釦」

くるみ釦のいとこのやうなこでまりの釦ひとつに百のはなびら 有川知津子「しゆわつ、ぼつ」『ボトルシップ』P59 春の花が美しい季節です。最近、散歩で花を見るのが楽しい。白い毬が連なったようなこでまりの花も、とても愛らしい花です。 くるみ釦は、芯を…

一首評「それから」

サクラモチを秀衝塗の皿におくそれから遠い日のやうに食む 佐藤通雅 「あふむけ」『昔話』P134 片仮名で表されたサクラモチ。 いつもなら春の訪れを感じる楽しいお菓子ですが、この歌が収録されている『昔話』は、東日本大震災後の作品で構成されています。 …

一首評「鉋」

早春の棟に大工が一人いてしきりに光に鉋かけいる 三井修「白犀」『海図』P70 早春の頃なので、ちょうど今頃かな。急に暖かくなったり、また寒くなったりして、なかなか厄介な気候です。 冬から春へ、季節の変化が感じられる時期の屋外に、大工が一人だけで…

一首評「山茶花」

息とめる遊びもいつか遠くなり山茶花はあかい落下の途中 小島なお 『展開図』「公式」P104 山茶花もそろそろ、おわり。じきに春ですね。 それにしても、山茶花の赤い花びらは道でよく目立ちます。 「息とめる遊び」は私はやった覚えが無いんですが、呼吸とい…

一首評「鍵」

鍵穴にふかく挿すときしあはせと思ふだらうかすべての鍵は 千葉優作「Phantom Love」『あるはなく』P87 鍵は鍵穴に挿して使わないと、意味がないアイテム。ドアを開けるときに行う日常の行為の中に幸福感があるのかどうか。 ある鍵穴には、当然、それと合う…

一首評「ミルク」 

いまふかく疲るるわれにフェルメールの女ミルクを注ぎてくれぬ 小島ゆかり「点火して」『雪麻呂』P93 フェルメールの絵画の中でも、とくに有名な作品のひとつ『牛乳を注ぐ女』。台所で女中が牛乳を器に注いでいるシーンを描いた作品です。 「いまふかく疲る…

一首評「火」

虚実皮膜の皮のうちなるあぶらみをしたたらせつつ火を渡りゆく *皮膜=ひにく 真中朋久「火を渡る」 塔2022年10月号 P5 先月中にアップしたかったのですが…。遅くなりました。とても面白い歌だと思ったので、ちょっと書いておきます。 「虚実皮膜」は、事実…

一首評「泡」

死ぬほどというその死までそばにいて泡立草の泡のなかなる 小島なお「両手をあげて、夏へ」短歌研究2021年8月号 P32 先月、みかづきも読書会で取り上げた連作の中から。 泡立草、なかなか目立つ黄色で、路上で見ると強い色だな~と思います。泡立草は確かに…

一首評「観覧車」

少しずつ秋空削りて降りてくる巨大な観覧車のゴンドラは 三井修「地磁気」『海図』P40 たくさんのゴンドラを伴って観覧車が降りてくる様は、ダイナミック。 秋の空は透明感があって高く見えるし、その空中を回転しつつ観覧車が降りてくる様子を「秋空削りて…

一首評「向日葵」

研究者になるまいなどと思ひゐしかのあつき日々黒き向日葵 真中朋久『雨裂』「丹波太郎」P15 (砂子屋書房 現代短歌文庫) 向日葵を詠んだ歌の中で、とても印象的な一首。既存のイメージを逆転させたような、画像の白黒を反転させたような強さがあるのです。…

一首評「影」

影のなかは影しか行けぬ 旧道のけやきに夏がめぐつてきたり 梶原さい子「白きシャツ」『ナラティブ』P129 暑い夏には、影もひときわ濃い。「旧道のけやき」という、おそらく馴染みのある風景の地面には、けやき並木の濃い影が連なっているのでしょう。 主体…

一首評「瓶」

その喉に青いビー玉ひと粒を隠して瓶はきっと少年 toron*「雨過天晴」『イマジナシオン』P47 夏っぽい歌を。ちょっと懐かしいラムネの瓶。ラムネは瓶の内側からビー玉で栓をしていることが特徴。 途中ですぼまったフォルムをしていて、コロンとビー玉が入っ…

一首評「そらまめ」

そらまめに合唱のこゑ起こるべし塩ふればみな粒照り出でて 小島ゆかり『さくら』「春のポット」P37 そらまめは、春を感じさせてくれる食材。キッチンで茹でてから塩を振ってみたのでしょう。丸みがあるそらまめには、てらてらとツヤがあり、いかにも美味しそ…

一首評「守る」

手をふれず眼ざしあはせず男雛女雛それぞれの痛みそれぞれに守る *守る=もる 「雛とふるさと」『歓待』川野里子 P115 最近、読んでいた歌集から。ひな祭りの歌ではあるのですが、ちょっと苦々しい一連でした。 そういえば雛人形はとなり合ってはいるけど、…

一首評「創」

てのひらをひらけば雨は白銅の硬貨の創を潤ませてゆく *創=きず 梶原さい子「日本人墓地」『ナラティブ』P120 ロシアに訪れた様子をつづった連作「極東ロシアへ」は、『ナラティブ』のなかでとても印象深かった一連です。 梶原さんの旅行の歌、私はとても…

一首評「向日葵」

向日葵をきみは愛(を)しめり向日葵の種子くろぐろとしまりゆく頃ぞ 坪野哲久「冬のきざし」『桜』 「向日葵」を愛した君とは、歌誌「鍛冶」の若手として期待されていた青江龍樹。 残念ながら戦争への召集がかかり、哲久とは会うことも叶わぬまま戦場へ赴く…

一首評「灯す」

〆鯖のひかり純米酒のひかりわが暗がりをひととき灯す 田村元『昼の月』「梅の木」P77 自分の中の暗がりを一時的とはいえ、灯してくれるものが、人それぞれあるでしょう。 『昼の月』では圧倒的に、居酒屋や家で飲むときの酒や料理が、主体にとっての灯して…

一首評「紋」

みづからのからだに刻む紋ありてななほしてんたうの昏き夏 「沼」『ナラティブ』P205 梶原さい子 てんとう虫の模様は水玉みたいで、可愛らしいイメージだと思っています。 てんとう虫に生まれた以上、その模様を背負って生きていくことになるのですが・・・…

一首評「肉体」

片脚のない鳩のいた野草園 肉体という勇気を思う 小島なお 「セロテープ透ける向こう」『展開図』P120 無残な姿を晒しながら生きていく鳩。どこかが欠けたままでも生きていく。 まだ生きていくことができる「肉体」が持つ、どうにもできない外見の迫力を思わ…

一首評「踏切」

拒みしか拒まれたるか夏の夜の踏切が遠く鳴りゐたりけり 真中朋久「リコリスの鉢」『エフライムの岸』P96

一首評「無知」

桜吹雪 つよい怒りを脱ぎ捨ててどの無知よりもつややかでいる 工藤玲音「ほそながい」『水中で口笛』 工藤玲音さんの第一歌集から。言葉のもつ弾力を感じる歌が印象に残りました。 この歌なら、下句の「どの無知よりもつややかでいる」。 「無知」は本来、悪…

一首評「芯」

知りたいと思わなければ過ぎてゆく 林檎の芯のようなこの冬 小島なお「心の領地」『展開図』P109 冬にかかる、林檎の芯の比喩は奇妙な感じ。林檎の「芯」なので、周りを削り取られた残骸みたいなイメージが浮かびます。 でも、心もとない状態を感じ取り、何…

一首評「戦士」

ぼろぼろに朽ちたり燃えあがつたりする薔薇がいとしき戦士であつた 木下こう「あはくてあかるい」『体温と雨』P127 『体温と雨』に収録されている歌は全体的に、まさに淡い感じの歌が多いです。 そのなかでポイントになっているのは、名詞の使いかたではない…

一首評「街」

だらしなく降る雪たちにマフラーを犯されながら街が好きです 阿波野巧也「ワールドイズファイン」『ビギナーズラック』P9 街に関する歌が多い歌集でした。 全体的な語り口はとてもライトですが、ときどき、いい意味で引っかかる表現が入っています。 取り上…

一首評「こころ」

近づけば近づくほどに見えざらむこころといふは十月の雨 本田一弘 『あらがね』「虎」 普通は距離をつめて近づくほどによく見えるはずなのだけど、近づくほどかえって見えないようになるだろう、とは逆説的だし、皮肉。 単なる物体なら、近寄るほどにはっき…

一首評「髪」

蜂の音ヘ振り向くあなたの長い髪、ひろがる、かるい畏怖みせながら 千種創一 「連絡船は十時」『千夜曳獏』P54 近くで蜂の羽音がしたから、思わず振り向いてしまった相手を見ていて、その長い髪が広がる様に一瞬の美しさを見いだしているのでしょう。 実際に…

一首評「箱」

秋の雨あがった空は箱のよう林檎が知らず知らず裂けゆく 江戸雪「吃音」『空白』P30 10月にはたくさん歌集を読もうと思っていて、そのなかで読み終えた一冊が『空白』です。 秋の空は夏の空より、ずっと高く見えます。秋の雨が上がった後には、箱のようだと…