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波と手紙

小田桐 夕のブログ。塔短歌会に所属しています。         ゆふぐれはあなたのなかに沈みゆくとほき国だと気づいてしまふ

一首評 「はなびら」

エレベーターにちらばつてゐるはなびらを浮かせるために押す地上階 光森 裕樹 『うづまき管だより』 第二歌集『うづまき管だより』を読んでいます。この歌は一番好きな歌です。 エレベーターという閉じられた空間にちらばるはなびら、それだけでもなんだか異…

一首評 「蕊」

つつじの赤い花はなつかし花よりも色濃く長き蕊もつことも 花山 多佳子 「築地」『晴れ・風あり』 つつじの花はたくさん咲いて、初夏の華やかな景色を作ってくれた記憶があります。たしかに蕊が長くて、すぅっと伸びていたなぁと思います。「蕊」という部分…

一首評 「素足」

大いなる薔薇と変はりし靴店に素足のままのきみをさがせり 水原 紫苑 「湖心」『客人』 靴店に素足、という点が意外な感じで気になりました。新しい靴を探すときに、いちど素足(少なくとも靴は脱ぐ)になることを踏まえて詠まれているのではないかな、と思…

一首評 「蝶」

靴紐を結ぶすなわち今日のわが足を見つめる蝶を創れり 大井 学 「総譜」『サンクチュアリ』 靴紐を結ぶ、という何気ない行為のなかにささやかな美しさを見出した一首。 「すなわち」という接続詞が面白く、ちょっと硬い印象の語を挟むことで下の句の「蝶」と…

一首評 「麺麭」

描かれし教会の空に白雲は割きたる麺麭のごとくかがやく 山下 泉 「塔2016年10月号」 一枚の絵を眺めているときなんだろう、と思います。ぽっかり浮かんでいる白い雲が麺麭の断面のよう、という把握は素朴ですが「かがやく」という動詞でいきいきとした表現…

一首評 「目盛」

もうそろそろ秋を測りにくるだらう腹に目盛のあるオニヤンマ 小島 ゆかり 『純白光』 急に寒くなってきました。秋が一気に進んでいる感じです。この歌が詠まれたのは9月上旬くらい。秋になると飛んでいるトンボ、たしかにオニヤンマには見事な縞がありますが…

一首評 「水面」

読み終えし本は水面のしずけさのもうすこしだけ机に置かむ *水面=みなも 吉川宏志 「無花果」『鳥の見しもの』 この歌が収録されている連作の4首目には 吊り革を持つ手離して捲りおりふたたびを読む『チェルノブイリの真実』 *捲り=めくり という一首が…

一首評 「バター」

会はぬ日の男はこゑとおもふなりバターの味の濃くなる四月 小島 ゆかり 『純白光』 まるで季節が合っていませんが、好きなので取り上げます。この一首には合わせて、 かげろふやバターの匂ひして唇 小澤 實 という俳句がおかれています。かげろうは春の季語…

一首評 「香」

コーヒーの香をふかく吸ふ夜の胸にしづかに帰るけふの旅人 *香=か 小島 ゆかり 『純白光』 香りには強烈な喚起力があるようで、香りや臭いで昔のことやだれかを思い出すことがよくあるし、そんな歌もたくさんある。 コーヒーの香りも強い香りで、嗅ぐとい…

一首評 「茄子」

すでに終わった恋のようなる秋の日にかがやく茄子をひとつもぎたり 𠮷野 裕之 「三月は来る」『砂丘の魚』 この歌もとてもいいな、と思った一首です。「すでに終わった恋のようなる」がやはりいい。秋の澄んだ空気や日射しの様子とあっています。 終わったと…

一首評 「靴」

秋が来てふたりであるということのたとえば靴をなくしたような 𠮷野 裕之「甘きfura-fura」 『砂丘の魚』 ふたりでいるのに、靴を片方だけなくしたような感覚でいる、と読みました。靴は両足そろってこそ意味があるのですが、片方だけなくすとなんとも中途半…

一首評 「線」

便箋に銀の線ある秋の夜に人引き留める言葉書きおり *線=すじ 吉川 宏志 「鳥の見しもの」『鳥の見しもの』 秋の夜長にかく手紙はだれかを引き留めるための言葉だという。その言葉が届くのかどうかはわからないけど、相手の反応によってはもしかしたら最後…

一首評 「釦」

死ぬ朝のさいごの釦も自らのちからに嵌めたし 白きくちなし 福西 直美 「塔 2016年9月号」 福西直美さんも塔のなかで注目している方の一人。 今回はこの一首がとてもいいなと思いました。 いつか必ずやってくる死、その日の朝の「さいごの釦」を自分ではめた…

一首評 「萼」

子の目より紫陽花の萼大きくて子の目にどつと青があふれる 澤村 斉美 「塔 2016年9月号」 紫陽花の萼のほうが、小さなお子さんの目より大きい。大きさの対比からくる幼い子供へのまなざしが印象的な歌です。 まだ小さな子は今見ている紫陽花のこともその青い…

一首評 「雨」

錆びついた窓から見える風景だ どうしたらいいどうしたら雨 吉川 宏志 「縦長の絵」『鳥の見しもの』 今回ももうひとつ、雨で終わる歌。 すぐ前に磔刑の絵の歌がおかれているせいかこの歌も切羽詰まった感覚で読んでしまいます。 「錆びついた窓」のむこうの…

一首評 「雨」

やわらかき部分を突いてくることばそれだけならばよいけれど雨 𠮷野 裕之「葡萄のような」 『砂丘の魚』 たぶん他者からいわれた言葉、自分の「やわらかき部分」を突いてくるだけでなくじわじわ浸食してくるようなダメージをもたらしてくるんだろう。そのじ…

一首評 「坂」

あさがほの一大群落這ひのぼるおらんだ坂に再たあひませう 紀野 恵 『La Vacanza』 「おらんだ坂」という地名がノスタルジックで惹かれる名前です。(・・・この地名は長崎ですよね、たぶん。 神戸にも北野オランダ坂ってあるけど) 「這ひのぼる」という動…

一首評 「庭」

裕子さんの庭かとおもふ塵取りとバケツ灼けゐるよその庭のぞく 小島 ゆかり 『純白光』 8月12日は河野裕子さんの命日でした。この歌は2012年の短歌日記として連載されていたもので8月12日の日付のページにおかれています。 亡くなった人のことは死後にもちょ…

一首評 「茄子」

人老いて茄子はしづけき八月の紺をささげてゐたるふるさと 高野 公彦 「住」『淡青』 茄子はつややかな光をおびて茄子紺といわれる深みのある色となって実る。 「紺をささげてゐたる」という表現が茄子の色やフォルムを鮮やかに思い浮かべさせてくれる。 だ…

一首評 「野心」

野心とは野のこころなれ夕ぞらのうつくしきまでを草のうへに寝て 真中 朋久 「塔 2016年7月号」 野心って本来はもっとギラギラしたものだけれどこの一首では「野のこころ」と分解して別の視点を与えています。ユーモアがあって面白い発想です。 「野のこころ…

一首評 「葉書」

葉書とは小さな紙と思うかなそこに余白を置いてあなたは 「ゆっくり私」『砂丘の魚』 𠮷野 裕之 相手から受け取った葉書だろう。 葉書をわざわざ「小さな紙」と言い直すことで質感や手触りが浮かんでくる効果があるのかもしれない。 簡潔な文章や挨拶が描か…

一首評 「和音」

天気雨一刷毛降りてメシアンの和音のごとく濃き虹は顕つ 大井 学 「カントの週末」『サンクチュアリ』 漢字の多い初句、二句から三句のカタカナによる人名へのつなぎが面白いなと思って気になりました。虹の色の調和を「メシアンの和音のごとく」とは美しい…

一首評「糖」

傷をもつ林檎は傷を癒やすべくたたかひて内に糖を増すとぞ 柏崎 驍二 「アスペルギルス・オリゼ」『北窓集』 林檎のなかの糖をとらえた一首。 「癒やすべくたたかひて」とは、矛盾したようでいて面白い表現だ。癒やすべく休むとかではなくて、「たたかひて」…

一首評「山査子」

長く暗き序章にゆれる山査子の茂みにともるような白い花 山下 泉 「塔 2016年6月号」 6月号の山下泉さんの詠草、とてもよかったなと思います。 取り上げた歌のなかでは、「長く暗き序章」という不吉なはじまりのなかで揺れている山査子の白い花を描いていま…

一首評「波」

夕光に離れて白き波があり死ののちも画家はその波を見る *夕光=ゆうかげ 吉川 宏志「塔 2016年6月号」 「モネの絵に」というタイトルがついた一連のなかに並んでいる歌です。絵画などの芸術をテーマに詠むとあまりうまくいかないケースもあるのですが、さ…

一首評「豆腐」

知っていて知らないふりをすることの、豆腐の春は白くて甘い 松村 正直 「塔 2016年6月号」 塔6月号の中から目に留まった歌をいくつか取り上げていきます。 松村さんの歌集を読んでいると3句目に「の、」という区切りを入れる方法をたまに見かけます。面白い…

一首評「葉」

家族には告げないことも濃緑のあじさいの葉の固さのごとし *濃緑=こみどり 𠮷野 裕之 「なつかしい声」『𠮷野裕之集』 家族であってもあえて言わないこともいろいろある。「も」という助詞がとても気になる。ほかになにを隠しているんだろうか、と思ってし…

一首評「水」

会いたさは来る、飲むための水そそぐとき魚の影のような淡さに 千種 創一 「辞令と魚」『砂丘律』 日本を離れる一連の最後に置かれている一首です。 倒置で置かれた初句7音と読点によって強い印象のある出だしになっています。 会いたい、という気持ちの強さ…

一首評「六月」

六月といえば去年の湯布院の宿の朝の雨の緑の *朝=あした 𠮷野 裕之 『𠮷野裕之集』 ちょうどいまも6月ということで目に留まった一首。 この歌の大きな特徴は「去年の」から続く名詞と「の」の連続にある。6回の「の」によって去年泊まった宿での光景にフ…

一首評「虹」

トンネルを抜け出づるたび虹の脚位置を変へゆく誰も黙して 梶原 さい子 「塔 2016年4月号」 車での移動だろうか、トンネルを出るたびに虹の脚の位置が異なって見える。それは当然のことだけど。でも虹って出ているとつくづく眺めてしまう。 虹は希望や幸せの…

一首評「扉」

ほのぐらき靴はき帰りゆく君の二つめの扉の鍵をください *扉=と 江戸雪 「色のない海」『江戸雪集』 「二つめの扉」とは面白い表現で、ひとつめが自分のためには存在していないことが分かっているんだろう、と読んだ。 上の句が「くつ・はき・かえり・ゆく…

一首評 「鵯」

花の裏、花のおもてと縫うように鵯は桜の木を出入りする *鵯=ひよ 吉川 宏志 「塔 2016年5月号」 鵯が花の間をせわしなく動いているようすを「花の裏、花のおもてと縫うように」と描写しているのが目に留まりました。縫う、という動詞のおかげで一連の動き…

一首評「蜜」

夏の水玻璃にあふれてあふことの希れなる人に蜜を手渡す 紀野 恵 『La Vacanza』 暑くなってきました。つい涼しそうな歌を選んでしまう・・・。 グラスに注いだ水があふれてしまった光景からめったに会えない人に「蜜」を手渡すという動作につながります。こ…

一首評「目」

鶺鴒よ あなたを涙を纏うべくうつくしい目にまた還ろうか 小林 朗人 「帰蝶」『京大短歌22号』 難解だけれど美しい一連だな、と思いながら読んでいました。全体的に別れ、喪失がモチーフになっているようです。 初句で「鶺鴒」という小さな鳥に呼びかけてか…

一首評「パラソル」

パラソルが弾ける刹那呼びかへすその陰謀のふかく愛しき *弾ける=はじける 紀野 恵 『La Vacanza』 Vacanza=休暇、という意味のタイトルを持つ連作のなかの一首です。 最初に読んだ時には「陰謀のふかく愛しき」の「の」がとても気になったのです。「愛し…

一首評 「夏蝶」

石段にひかりは層を成しにつつ夏蝶ふいに影を連れ去る 吉野 裕之 『吉野裕之集』 夏のつよい日差しがたまっているのを「層を成しにつつ」と表現しているのに目が留まった。降りそそぐ光はたしかに幾重にも重なるという把握もできる。 この一首で描かれている…

一首評 「鳥」

鳥よりも鳥の名前が好きだから滴るひかり喉に溜めをり 大口 玲子『大口玲子集』 中国で日本語を教える日々の歌が並ぶ中に、この一首は置かれている。 鳥そのものよりも「鳥の名前」が好き、というのはやはり言葉への関心の高さなのか、名前を知ることで自分…

一首評 「林檎」

決断を林檎のやうに弄ぶ林檎の蜜のやうに尊ぶ 紀野 恵 『La Vacanza』 「決断」という強い気持ちを弄び、同時に尊ぶ、という行いの差にくらくらしてしまいます。 林檎という果実=つややかな外見や滑らかな手触り、林檎のなかの蜜=大切な秘められたもの、と…

一首評 「ほたる」

限りある生を互みに照らしつつほたるの点滅に息合はせをり 河野 裕子 『桜森』 久しぶりに読み返すと買った時には気づかなかった歌に目がとまることがあります。 初句の「限りある」がすこし言いすぎなのかな、と思いながらも「互みに照らしつつ」に妙に惹か…

一首評 「素手」

情報の手袋を脱ぎあたたかい素手でわたしにさはつてさはつて 小島ゆかり『泥と青葉』 「情報の手袋」という表現にはいろいろ考えてしまう。 圧倒的なデータや流れては消えるニュースに関わってきた人の手かもしれないし、思い込みやつまらないうわさや刷り込…

一首評 「辛夷」

不意に咲く辛夷はいつも まっすぐな道の両側すべてが辛夷 永田 淳 『湖をさがす』 2011年短歌日記の4月5日の日付に記されている歌です。 辛夷が咲くのは3月半ばから4月半ばなので、ちょうどいまくらいの時期ですね。たくさんの小さな手が天にむかってだんだ…

一首評 「閃光」

視界内降水しづかに閃光は見ゆいくたびも国はほろびむ 真中 朋久「落葉の匂ひ」 塔 2016年3月号 「視界内降水」は視界内で雨は降っているものの、観測者がいる場所では雨が降っていない状態をさす気象用語だそうです。自分がいる場所では降っていない雨が遠…

一首評 「水鳥」

失ひてのちに来る雪 幾千の水鳥の発つうみをおもひき 中山 明『ラスト・トレイン』 喪失のあとに降ってくる雪と水面から飛び立っていくたくさんの水鳥のイメージが鮮やかに交差します。 空からの雪が、白さを保ったまま水鳥に変わって飛びたっていくような映…

一首評 「飲料」

管理下に生くるかなしみなだめつつ水より淡き飲料をのむ *淡き=あはき 江畑 實 『江畑實集』 会社や組織に所属して働くようになると働いている間、時間も行動も管理されるようになる。そのうち思考も組織の枠内に固まっていくのだろうということも容易に想…

一首評 「指」

この朝のかなしみをかたはらに置きて練り香水を指にとりたり 横山 未来子 『午後の蝶』 練り香水、というアイテムにとても惹かれて気になった一首です。 パッケージもすごくかわいいんですよね、練り香水。 なにか悲しいことがあって、まだ気持ちは引っ張ら…

一首評 「楕円」

湾というやさしい楕円朝あさにその長径をゆく小舟あり 松村 由利子 『耳ふたひら』 湾はたしかに優しい丸みをおびた景色です。とくに遠くから臨んだときに曲線の美しさがよくわかります。 この歌は湾と海をゆく小舟を詠んでいるだけですがひろびろとした海辺…

一首評 「波」

冬の日のみぎはに立てば too late, It's too late とささやく波は 大辻 隆弘 「大辻隆弘集」 冬の海辺は寂しい場所です。 三句、四句にかけての「too late,It's too late」が音のリフレインのおかげもあってくり返し寄せてくる波のリズムをイメージさせてく…

一首評 「金属」

真っ白な鼻でわたしの金属にふれてくる四月の深海魚 笹井 宏之 「ひとさらい」 久しぶりに笹井さんの歌集を読み直す機会がありました。ページを開くと唯一無二の世界があります。 この歌のなかの「金属」という言葉に惹かれます。いろんなとらえ方があると思…

一首評 「パン」

今し世にかなしみあるを夕さりの店先にパンかがやきてをり 横山 未来子「午後の蝶」 冬の夕方に買い物に出た時の光景。ふっくらした長いフランスパンやつややかなブリオッシュがぱっと浮かびました。 毎日存在している店先の光景ですがときどき、やけにきら…

一首評 「針」

美しさのことを言えって冬の日の輝く針を差し出している 堂園 昌彦 「やがて秋茄子へと到る」 唐突な要求で、きっと言われたひとは困ってしまうだろう。「言え」という命令形と「針」という物体の鋭さやその先端の光が相手に向けられています。とても鋭い気…