波と手紙

小田桐夕のブログ。好きな短歌について。

一首評「葦」

葦原の葦に雨ふる夕暮れをうつくしいと思ふだらうよごれても 澤村斉美『galley』「葦に雨ふる」P162 「葦原」「葦」「雨」のア音、「夕暮れ」「うつくしい」のウ音が、なめらかなつながりを生んでいます。 「葦原の葦に雨ふる夕暮れ」たしかにきれいな光景だ…

一首評「耳」

三耳壺の三つぶの耳冷ゆ亡き人の声聞きゐるはいづれの耳か *三耳壺=さんじこ 栗木京子『新しき過去』「チキンラーメン」P32 三耳壺は、細長いひも状の飾りが付いた壺。写真などで見ると、たしかに耳みたいな小さな飾りが三つ、ついています。 下の句では壺…

一首評「飛ぶ」

羽ばたきに息継ぎはあり飛ぶという鳥の驚きかたを愛する 吉澤ゆう子『緑を揺らす』「光る墓光らぬ墓」P49 鳥の羽ばたきは一定の動きではなく、動かし方には緩急があります。動きがゆっくりになったときを「息継ぎ」としているのでしょう。 私も鳥の動きを見…

一首評「夕雲」

係恋に似たるこころよ夕雲は見つつあゆめば白くなりゆく *係恋=けいれん *夕雲=ゆふぐも 佐藤佐太郎『帰潮』現代短歌全集第11巻 P361 「係恋」は、「ふかく思いをかけて恋い慕うこと」。そんな心情に似た気持ちを抱えて夕暮れの時間帯を歩いている。 夕…

一首評「花びら」

冬の窓のひかり集めてひもときぬ借りて来し本のなかに花びら 真中朋久「雲頂」『雨裂』P53 静寂で美しい一首。借りてきた本を窓辺で開いた時に、目に入ってきた小さな花びら。 「ひかり集めて」で、あたたかな窓辺という場所がしっかり立ち上がります。 花び…

一首評「影」

影を持つもののみがさびしさの影を曳く 蠟梅のめぐりにひかりは沈む 永田和宏「お母さん似」『午後の庭』P148 蠟梅はちょうど今頃咲いている、きれいな黄色の花。寒い季節なので、明るい色や美しい形、そして香りでとても存在感があります。 「影を持つもの…

一首評「光」

ひかりにはあるべき光と添ふ光おのづからにして簡明ならず 「あるべき光と添ふ光」『置行堀』永田和宏 P135 ひとつ前に置かれているのが 夕光にでこぼこ見えて水の面を風渡るなり ひと日とひと世 *夕光=ゆふかげ 面=も 水面にキラキラと反射している光や…

2023年をふりかえる

2023年を振り返ってみます。今年はいろいろと収穫のある1年でした。

一首評「犬」

日だまりを海としその身横たふる犬よ大陸のごとき呼吸よ 「ヴィオラと根菜」『翅ある人の音楽』濱松哲朗 P154 暖かな日だまりと犬の組み合わせは、なんとも長閑。ひとつ前に 上向きの蛇口に口をすすぎつつ冬の日向の公園にゐる 「ヴィオラと根菜」『翅ある人…

一首評「画布」

いづかたの岸にも着かずたゆたへる長き月日を画布に見てをり 「不在の在」『たましひの薄衣』菅原百合絵 P118 ひとつ前に「モネの描く池」を詠んだ歌があります。池には捨てられた小舟。 小舟はもうどこの岸にもつかない。 この歌の中で見ているのは、小舟や…

菅原百合絵歌集『たましひの薄衣』 【歌集・歌書探訪】

塔2023年11月号に掲載された書評を掲載しておきます。菅原百合絵さんの第一歌集『たましひの薄衣』を取り上げました。 塔の「歌集歌書探訪」のコーナーで私が担当する書評は、今回が最後です。2年間に4回だけの出番ですが、とても楽しく書籍を読み比べ、書く…

一首評「銀」

あたたかき秋なり薄の穂の群れは風吹くたびに銀が洩れだす 澤村斉美『galley』「六つの季節」P18 11月になっても暑い日があるな、とか思っていたのですが、今日とか急に寒い! 気温の激変がつらいです。 薄の穂が靡くさまは、軽やかでノスタルジック。秋から…

一首評「針」

逢ふと縫ふ、いづれも傷をつけてをり女のもてるいつぽんの針 澄田広枝「桐のむらさき」『ゆふさり』P166 「縫ふ」針はもちろん裁縫の針。よく似た漢字で「逢ふ」があります。 「逢ふ」のなかに見出す針。先端で布をチクチク刺していく針の鋭さと、逢うことに…

一首評「言葉」

わたしには言葉がある、と思わねば踏めない橋が秋にはあった 大森静佳「アナスタシア」『ヘクタール』P42 鮮烈な言葉の世界を持っているのが、大森静佳作品の特徴。「橋が秋にはあった」などア音によるリズムも心地よい。 「わたしには言葉がある」とは、ま…

一首評「蜜」

花の蜜よりも木の蜜しづかにて眠れぬ夜の紅茶に垂らす 栗木京子『新しき過去』「小舟のごとし」P32 心配事でもあるのか、眠れない夜。たまにありますよね。温かい飲み物でも欲しくなって、紅茶を淹れたのでしょう。 紅茶に垂らすのは、蜂蜜。蜂蜜にもいろい…

一首評「喉」

海峡を女の喉とおもうとき吹き送られて小鳥ら渡る 杉﨑恒夫「幻想空間」『パン屋のパンセ』P72 女性の喉を思うとき男性のそれとは違って、なめらかなほっそりした線を思い浮かべます。 海峡という陸に挟まれた狭い海洋と、ほっそりした女性の喉。 比喩として…

一首評「煙草」

ことごとく煙草に巻いて吸ふあそびまづは真夏の森ふたつほど 小池純代 「青煙抄」『雅族』P13 やっと暑さがましになってきました。真夏はほんと、辛かった。 わたしは煙草って全く吸ったことないけど。子供だったむかーし、大人のアイテムだなー(とりわけ大…

一首評「バター」

室温に戻して塗る時かの夏の憎しみに似るバターの手応え 三井修「木沓」『海図』P74 同じ歌集に同一のモチーフやアイテムを詠んだ歌が登場することがあります。同じ作者なので、ときにはそういうこともありますよね。 『海図』を読んでいて気になった歌は、…

一首評「木槿」

一花ごとにある時間軸 木槿から木槿の時差を渡ってあるく 小島なお 『展開図』「切り株」P137 木槿は早朝咲いて、夕方ごろにしぼんでいく一日花。次々と別の花が咲くので花期を長く楽しめますが、ひとつの花ごとの美しい時間はわずか一日。儚い花です。 この…

一首評「ねこじゃらし」

明け渡してほしいあなたのどの夏も蜂蜜色に凪ぐねこじゃらし 大森静佳「わたしだって木だ」『カミーユ』P118 明け渡しって、賃貸物件の退去時とかにしか使ったこと無いな…。まぁ、そんなことも思いつつ、この一首。 「明け渡して/ほしい」初句六音、二句へ…

一首評「鋏」

園丁の鋏しずくして吊られおり水界にも別の庭もつごとく 鈴木加成太「Summertime」『うすがみの銀河』P14 『うすがみの銀河』は目に見えている世界とはまたもう少し別のところに他の世界がある、と思えるような歌が多い歌集です。 作者の美意識とか優れた感…

一首評「草」

ひかりはかぜかぜはかがやき草のなかにうしなひしものそのままでよし 真中朋久「ひかり」『cineres』P164 真中作品では、ひらがなを多用した歌には大きく分けて2種類あるみたいで、こちらは柔らかい雰囲気のある歌。 ひらがなの柔らかさの効果もあり、ゆっく…

一首評「庭」

蕁麻のやうに両手をひろげればわたしの庭のとほい明るさ *蕁麻=いらくさ 濱松哲朗 「土のみづから」『翅ある人の音楽』P182 蕁麻には葉や茎に棘があって、触ると接触性の皮膚炎を起こすことがあるとのこと。 画像で検索してみたら、小さなシソの葉みたいな…

一首評「あぢさゐ」

ほそく降るあしたの雨へあぢさゐは青すみとほる窓を開けたり *開けたり=あけたり 河合育子「いのちの起源」『春の質量』P12 紫陽花のきれいな季節です。雨の日に出かけるときについ見てしまう。 紫陽花の開花の瞬間をとらえた歌。美しい青色の紫陽花です。…

一首評「錆」

軋みつつひらいた傘の骨の錆 大抵のかなしみは既出だが 沼尻つた子「From Dusk Till Dawn」『ウォータープルーフ』P180 けっこう使い込んだ傘なのか、傘の骨に錆が発生している。 あまり気にしていなかったかもしれないが、ひらくときに傘が軋むから気づく。…

一首評「果実」

雨あがりの果実のごとく試料容器を籠に集めて帰り来にけり *試料容器=ポリビン 真中朋久『雨裂』「pH3・6」 現代短歌文庫P22 仕事で使用した「試料容器(ポリビン)」を集めて持って帰ってきた、というシンプルな内容の歌ですが「雨あがりの果実のごとく…

一首評「向こう」

雨降れば雨の向こうという場所が生まれるようにひとと出会えり 小島なお 『展開図』「4✕10」P142 今年は少し早い梅雨入り。出かけるには面倒なところもありますが、雨の日の静かな雰囲気はわりと好きです。 「雨降れば雨の向こうという場所」ができる。雨が…

一首評「消す」

コンビニの伊右衛門取ればその隙間するする次の伊右衛門が消す 河合育子「うがひ」『春の質量』P44 コンビニの棚にはいろんなお茶がずらっと並んでいます。今回、主体が選んだのは伊右衛門のお茶。 棚の奥まで同じ商品が並んでいるので、手前の一本を取れば…

佐藤通雅『岸辺』 【歌集・歌書探訪】

塔2023年5月号に掲載された「歌集・歌書探訪」の記事を以下にアップしておきます。今回取り上げたのは、佐藤通雅氏の『岸辺』。 この歌集で第34回斎藤茂吉短歌文学賞を受賞なさいました。おめでとうございます。

一首評「たまご」

つぎつぎに光るたまごを産みながら春の真中の炭酸水は 梶原さい子「尾鰭」『ナラティブ』P98 春の穏やかな日に、炭酸水のボトルを眺めてみる。 (中味が見えているので、ボトルでしょう) 春なので、そこまで暑さが激しいイメージは無く、あくまで優しい雰囲…